CAREER DEVELOPMENT

海外修業生

ブラジル修業生として
2年間ブラジル生活に
どっぷりと浸かった田子。
そこで習得した知見、
そこで感じた問題意識。
それらが田子自身を進化させていく。

田子友加里

田子友加里YUKARI TAGO

ヘルスケア・サービス事業本部 サービス事業部
ヒューマンキャピタル事業室
2010年入社/法学部卒

「海外修業生」とは?

「地域スペシャリスト」「語学スペシャリスト」を育成するため、毎年入社4~8年目の社員30~40名を、世界20カ国に2年間派遣しています。語学を身につけるだけでなく、異文化を許容する包容力、俯瞰的に物事を捉える広い視野、諸外国との交流に欠かせない教養ともいえる歴史、文化の習得も目的としています。そのため、現地の支店・現地法人、または一般社外で実務も経験します。

2009

就職活動。人の力が商品を差別化する商社の仕事に魅力を感じた。三井物産は、社員が就活に関し自分のことのように親身になって対応してくれた。「この人たちと一緒に働きたい」と思ったことが入社の決め手になった。

2010

Turning Point 01

入社後、プロジェクト本部 電力第二部配属。
発電案件の過去の債権回収でインド、スリランカに単独出張。

Turning Point 01

入社1年目から2年目のミッションが、過去の発電案件の債権回収だった。エリアはインド、スリランカ等。初めての海外出張。回収するまで帰国不可の片道切符で、単独で現地に飛んだ。出張中は、日々6時間に及ぶ交渉を政府関係者と重ねた。現地店の協力を得ながら、過去の書類を漁り、必死に回収に挑んだが、現実は甘くなかった。出張中本店との電話会議中には、当事者意識が欠け成果を出すことにコミットしていない田子の態度に対し上司からの厳しい言葉が響いた。自分のふがいなさが悔しく、初めて泣いた。だがこの取り組みは、田子が強い当事者意識を持つきっかけともなった。自分がやるしかないと。一方で、海外に出たいという想いを持つようになったのもこの時期。密かに、三井物産が巨額の投資を行うブラジルに着目した。何故ブラジルなのか?と興味を持った。また、ブラジル現法は本部機能をすべて備えており、自社の全体感を把握するのに格好の場とも感じていた。

2013

Turning Point 02

ブラジル修業生として、
現地でポルトガル語の
習得に没頭。
現地の教育に関する
フィールドワークを実践。

Turning Point 02

入社3年目。修業生として2年間ブラジルへ行くことが決まった。早く海外に出て「現場力」を養いたいという気持ちがあった。初年度は現地の大学で語学、現地の文化・慣習を学ぶ。毎日約10時間ポルトガル語を勉強するものの、コミュニケーションを円滑に取れない苛立ちと焦りの日々が続いた。そんな中印象的だったのが、日々の生活で垣間見られる貧富の格差から生じている、教育レベルの格差であった。特に算数はブラジル人にとって苦手とする教科であり、日々の生活の中でもごく簡単な計算を多くの人が間違えることが田子には衝撃的だった。そこからブラジルの教育事業に興味を抱き、ブラジルの公立学校やファベーラ(スラム街)、教育機関を訪問してヒヤリングするなどのフィールドワークを実践した。

2014

サンパウロ店 コンシューマーサービス課。ブラジルで日系住設メーカーの代理販売業務を担当。苦戦を強いられたが、初めてモノを売ったときの嬉しさは忘れられない。

2015

Turning Point 03

ブラジルの教育問題に
対応する大学受験対策事業に、
三井物産として
初めて出資参画した。

Turning Point 03

2014年12月、ブラジルの教育問題に対しITを活用して解決する教育事業者Geekie社(ブラジル)に、 三井物産として出資参画した。修業生のときに感じていたブラジルの教育問題。修業生レポートでも教育を取り上げた。ブラジルの小・中・高の私立学校の質は高いが、言うまでもなく格差社会のブラジルではそれは富裕層だけが享受できるもの。貧しい人々は行き場がない。ブラジルは大学進学にあたり、日本の「センター試験」に似たシステムを起用している。この試験で高得点を取得出来れば貧しい人でも国立大学への道が開ける。そこで手がけたのが、大学受験対策事業である。ITを活用した1人1人のレベルに合った教育(アダプティブラーニング)により、効率的且つ効果的な勉強を皆に提供した。「自分なりに捉えていた、ブラジルの教育現場の課題解決を一つのカタチにできた」と手応えを感じた。

2016

To the Future

ブラジルで培った
知見を活かし、
教育関連案件を担当。
会社から確かな信頼を
得られる人材に
成長することが目標。

To the Future

将来に繋がる仕事をカタチにしたい田子はブラジルで日本製の住設製品を販売していたときに、上司から言われた忘れられない言葉がある。「当初は自分の語学力を武器に一つでも多くの製品をブラジルで売ることが、自分のミッションだと思っていました。そんなとき、『それも大切だがより重要なことは、1回で終わる仕事ではなく、サステイナブルにお客様の期待・ニーズに応え続けられる仕組み、プラットフォームを作ること』と言われ、開眼しました。現在取り組んでいる事業も、将来に繋がるプラットフォームにしたいと思っています」。田子は、「人生は自分次第でどうにでもなる」と思える勇気を生きることに常に全力投球なブラジルからもらったという。必死にがむしゃらに働きつつ、笑顔を絶やさず、人生を思いっきり楽しむことに努力を怠らない人間でありたいと思っている。