TOP “ONE ON ONE”

代表取締役社長

安永竜夫

TATSUO YASUNAGA

「いきなりですが、子ども時代はどんな少年でしたか?」

「いきなりですが、子ども時代はどんな少年でしたか?」

「振り返れば、とても好奇心旺盛な子供だったと思います。私は四国・愛媛県の生まれですが、

小さなころからとにかくいろいろなものを見たい、
未知のものに触れたいという思いが強かった。

ずっと外向きのベクトルが胸の中にあって、本や映像でしか知らない世界を自分の目で見てみたい、体験してみたいといつも考えていました。こうした志向が、海外へ出たい、世界で仕事をしてみたいという思いにつながっていったのだと思います。また、カトリック系の中高一貫校に進学し、中学1年のころにスペイン人宣教師に出会ったことも、原体験としては大きかったですね。この先生は聖書のほかに英語や哲学史の授業も担当していましたが、それらは私にとって、世界に向かう道筋を示してくれるものでもありました。」

「そのような子ども時代を経て、就職活動の際に考えていたことはありますか?」

「海外へ出たいと思っていたので、就職を考える際に総合商社が浮かび上がってきたのは必然的なものでした。大学は工学部に進んだのですが、やはり私としては、海外に出たいし、人間が好きだという思いが強かった。世界に飛び出して、さまざまなものを自分の目で見て、触って、多くの人との関係の中でビジネスを創り上げていく……そんな仕事をしてみたいと考えていました。

三井物産に決めたのはやはり人の魅力ですね。

就職活動中に会った三井物産の先輩方は皆、自分は将来こんな仕事をしたいという夢をクリアに語ってくれましたし、確かな志を持っていた。自分もこういうふうに仕事をしてみたい、こんな会社で働いてみたいと考えたことをよく覚えています。」

「実際、三井物産に入社してどのようなことを感じましたか?」

「三井物産に入社してみると、

本当に“こうなりたい”と思う先輩や上司との出会いが数多くありました。

それは、業界内でも大きな存在感を持ち、決定的な影響力を発揮しながらプロジェクトを推進していく、ディールメーカーともいうべき方々です。私は機械・インフラ畑に長らく携わってきましたが、例えばインドネシアで化学プラントを建設するという案件であれば、顧客と対峙しても一歩も引かず、相手の言い分も理解しながら、こちらの主張をしっかりと述べたうえで交渉をまとめていく。知識、対人交渉力、人的ネットワーク、そしてそれらを包括する人間としての魅力……それらすべてを備えた本当に尊敬できる上司・先輩が、三井物産にはごろごろいるわけです。自分はこういう仕事をするために三井物産に入ったのだということを彼らとの出会いを通じてあらためて感じると同時に、自分が彼らの立場……現在の自分よりも一段階二段階上のポジションにいたとしたら、何を考え、どういう行動をするだろうかということを常に念頭に置いて、仕事に取り組むようになりました。」

「働く中で実感した三井物産らしさを教えてください。」

「働く中で実感した三井物産らしさを教えてください。」

私の体験に照らしてお話しすれば、入社3年目に語学研修生としてポンと台湾に放り出されたり、プラント建設の事業を進めるためにいきなりスマトラの奥地の製油所に派遣されたりといった具合に、

部下を信頼し、若手にどんどん仕事を任せて、
その仕事を通じて成長させるという考え方が
組織の隅々にまで浸透している

ことは、三井物産の誇るべき伝統・文化の一つではないかと思います。これを設立以来長きにわたって積み重ねる中で、自律的な現場での教育、人材育成が実現されている。そして、貪欲に挑戦すればするほど、任せられる仕事も大きくなっていきますから、挑戦する姿勢、好奇心と探求心を失わなければ、三井物産にはいくらでも、楽しめるフィールド、成長できる機会が存在するのではないかと思います。

「若い人材に思うこと、期待することは何ですか?」

このところ若い社員を見ていて少し気になるのは、何でもネットで調べて、自分の足を使って動くということをあまりしなくなっているのではないかということです。うまく資料をまとめることには長けているのですが、やはりビジネスは最終的には人と人との関係で創られていくものですから、若いうちからどんどん外に出て、いろんな人に会って、対人交渉力を高めていくよう努めなければなりません。仕事を進めていくうえで最も重要なのは、相手のことを理解し、自分のことも理解してもらうこと。顧客やビジネスパートナーとしっかりと向き合い、信頼関係に基づいた深いコミュニケーションを図れる人材でなければ、価値あるビジネスを生み出すことはできません。従って、若い人材に期待するのは、

大いなる好奇心と探求心を持って、どんどん外に出て行ってほしいということです。

また、一人ひとりがこのような意識を持って仕事に取り組むことで、「強い個」が育ち、変革への推進力を生み出していくことにもなるのです。

「「強い個」についてもう少し詳しく教えてください」

「「強い個」についてもう少し詳しく教えてください」

私が考える「強い個」とは、こうしたタフな現場経験を通じて、“Deliverability”、即ち、

“想定通りに結果を出せる力”を
獲得している人材のこと。

鍛えられた「強い個」が自律的にそれぞれの課題に挑み、それぞれの“挑戦と創造”を通じて新たなビジネスが生み出される……私は、三井物産とはそうした会社でなければならないと考えていますし、本当の意味での総合力とは、こうした強い個の力の協業によって生まれるものだと考えています。そして、若手もベテランも関係なく、一人ひとりの社員が「自分こそが主役である」という気概を持ってビジネスに臨む……そうした仕事のあり方こそが「人の三井」という外部からの評価に応えることであり、「強い三井物産」の基盤になるものでしょう。

「これから三井物産を牽引していくのはどのような人材だと考えていますか?」

また、これからの三井物産を牽引していく人材という観点では、プロジェクトマネージャーというか、

多様なプロ人材をもっと輩出していく必要があるだろうと考えています。

私が入社した1980年代当時と比べてみると、現在の三井物産のビジネスは大きく進化し、手掛ける事業の内容も多様化しています。かつての総合商社のビジネスは、言うなればドライバーであるパートナー企業のナビゲーター役を務めることでした。しかし、今や三井物産は、自らハンドルを握ってオペレーターシップをとって、事業を興しそれを運営していく段階に至っている。また、これからの三井物産の在り方として私が想定しているのは、様々な事業領域・地域・機能といった軸をかけあわせ、新たな事業やビジネスモデルを生み出していくことで価値創造を持続的に展開していく事業体であることです。
自ら事業を興しそれを運営するためには、経営能力の獲得は三井物産で働く人材にとっても大きなテーマの一つであることは間違いありません。しかし私は、必ずしもすべての人材が経営能力の獲得を目指す必要はないと考えています。むしろ、特定の地域や事業領域、商品に精通したような“その道のプロ”と呼べる人材が多種多様に存在し、そうした人材の協働によって、他では実現し得ない価値創造を実現することが、我々が目指すべきものだろうと考えています。これまでお話ししてきたような、果敢に外の世界を目指し、海外でビジネスを創り上げていくようなチャレンジを重ねながら、常に上のポジションを想定して自分自身の仕事の意味を考える……三井物産というフィールドでこのような経験を積んでいくならば、必ず、社会に大きな価値をもたらす事業を生み出し運営していく、“プロ人材”へと成長していくことができるはずです。

PROFILE

1983年、工学部卒業後、三井物産入社。企画業務部に配属。1985年、中国語研修員として台湾に派遣。1987年、化学プラント輸出第二部に異動となり、インドネシア案件を担当。以後一貫して、機械・インフラ畑を歩む。1990年から93年まで、米国三井物産ヒューストン支店に駐在。また、1993年から2年間、在ワシントンD.C.、世界銀行本部への出向を経験。以降、2003年、海外プロジェクト第二部プロジェクト第三室長、2008年、プロジェクト業務部長、2010年、経営企画部長、2013年、執行役員機械・輸送システム本部長を経て、2015年4月に社長就任。2015年6月から現職。